今年は何をやっただろう、と思い出してみる。
MSXをたくさんいじった。来年もいじるだろう。来年はX68000もいじりたい。
音楽をそこそこ作った。AudioStockでコンスタントに曲を出すスキームは作れていないが、来年はちょっと方向性を変えて再挑戦したい。
キネノベの音楽部門は今年もエントリーできた。わりと頑張っている。作詞作曲をした、あすとろラベンダーの「冬の薔薇」はリリースされた。よい。
小説はあんまり書いていないな。AIのべりすとと戯れていた。
同人誌作った。文学フリマに出店した。久しぶり。個人で出店するのは実に14年ぶりかもしれない。
仕事をたくさんした。折れそうになったけれど、なんとか持ちこたえた。
多分来年も、レトロPCをいじり、曲を作り、短い文章を書き散らし、そのわりにまとまった成果は出ずに終わるのかもしれないが、そんな風にこの先が過ぎていき、そこそこ飯を食えるだけの稼ぎがあり、忙しいながらも、振り返ったら思ったより色々やっていたなという年の終わり方をしていたら、それでいいんじゃないかという気がしている。
]]>以前ブログを更新してから、2年がたっていた。その間、世間では新型コロナウイルスが蔓延し、いまだ出口は見えない。ロシアはウクライナに攻め込み、世界は不安定になっている。
息子は小学5年生になった。来年はなんと6年生、その次は中学生である。
不思議なものだ。
2年間何もできなかったかと言えば、そんなことはないけれど、やはり圧迫感の中ですべてがうまく行っていたとは到底いえない。
でもなんとか乗り越えてきて、今年は年賀状を用意しようかな、などと考える余裕くらいは出てきた。
サバイバルという単語を何回も使っているけれど、この2年は本当に、いかにサバイブするかに追われていたように思う。
そんな感じで2022年が終わろうとしている。来年は少しは明るい年になるだろうか。
]]>「書けない」と書いてから一年がたって、たしかに書けないんだけど、書けないなりに、短いものをちょこちょこと書いてみたりはしている。
もともとは、商業としては成立しなかった原稿をどこかに置く場所ないかなと思って、いくつかも小説サイトに置いたりしていたんだけれど、サイトによってはコンテストなんかもやっていたりして、面白そうだったので応募してみたりしていた。そんな短編が、たとえば以下のようなものだ。
それと児童小説っぽいのも書いてみた。どうしてもSF的になってしまうので、小学校高学年対象を意識して書いたけれど、はて小学校高学年というのはどの程度の文章を読めるものなのだろうと悩んでしまう。
マイキュービルダー 〜 ぼくとプリンセスとガードロボ・ジャングー
そんなこんなで、迷走している。
ただ良い兆候もあり、久しぶりに趣味の音楽を再開した。曲作ってアレンジしてボーカルいれてミックスしてマスタリングして。楽しい。ミックスとかマスタリングとか、ちゃんと勉強してこなかったので、YouTubeにあがっている動画とかみて勉強している。真似するとそのとおりの音になる。まだまだ勉強することは沢山ある。楽しい。
]]>「作家たちの夢束」というメーリングリストがあった。過去形で書いたのは、この12月2日のfreemlのサービス終了にともなってメーリングリストも活動終了したからだ。もともと2003年にYahoo!Groupsで始まったサークルで、Y!Groupsがサービス終了の時にはfreemlに場所を移したのだが、今回はその気運もなく活動終了となった。
はじめて同人誌を作ったのは、夢束でだった。文学フリマに出店したのもこのサークルでだ。コミケにも参加した。コミティアにも参加した。夢束に参加していた人の何人かはプロ作家としてデビューした。
僕は設立直後の2003年秋から参加しているので、実に16年のつきあいということになる。
しかし、近年は活動らしい活動もなく、サービス終了とともに活動も終了というのは、よいタイミングだったように思う。
色々、楽しかったです。みなさん、ありがとう。
]]>書けないな、うん、書けない。いつの間にやら、書けなくなった。いや、書けるんだけど、以前ほど「しっくりくる」言葉が湧いてこない。なんか手癖で書く感じになっちゃう。これは書けるうちに入らない。普段のメールの文章なんかも、以前ほどしっくりくる言葉がさらさらと湧いて出てこなくなっちゃった。
正確に言えば、書けないではなく、何もできない。創造的なことが、何もできなくなっちゃった。
どうしてだろうと考えてはみるけれど、分からない。今は基本的になんに対しても興味がわかない。物に対しても人に対しても。興味がなくても、仕事はできているので、ああコンピュータについては見に染み付いているのだなあとは思うけれど、やっぱりもうちょい深堀りの仕事をするべきだろうとは思うし、この程度じゃなくて、もっと切れのある仕事が以前はできたはずだと思う。
なので、もしかすると、どんなものに関しても、何をやってももう駄目なのかもしれない。そしてそれは、老化で片付けられる単純な問題なのかもしれない。
ということで、木本はもう駄目です。
突然こんなこと言ってごめんね、なんていう冗談を言う気にもならないくらい、駄目です。
体調を整えて、自分と自分の仕事とゆっくり向かい合えば、そのうち浮上することもあるでしょう。おそらく時間が必要です。
とはいえ、「その時」にやらなければならないことってのは確実にあって、この数年その「その時」というのが全然掴めなくて、だからやっぱり僕は「その時」という波に乗れなかったのだろうし、それはそれでそういう人生なのかもしれない。
だけど、まだ書きたい話が2本あるんですよね。この2本だけは、形にしたいなあ。別にネットで発表で全然構わないんだけど、そしていつになるのか分からないけれど、形にしたいです。のんびりやるかと思いつつも「その時」ってのはどうしても意識してしまうんだよね。難しい。
あとその前に、ためてる作品の供養はしておかないとね。同人誌に書いたやつとか、まとめて短編集にしてもいいかもしれない。
わからないけどね。
もしこの先、どこかで僕を見つけたら、生きてはいるのだなと生暖かい目で見てやってください。見るだけでいいです。
]]>更新しました。なんか、スマホだとサイドメニューが消えなくなっていてみづらいという噂ですが、パソコンかRSSリーダーでみてちょ。
]]>最近色々あったのかないなのかなんだかわからないけれど、頭がわちゃわちゃわーっというのが続いて、そんな中で出した結論は、捨てよう・あきらめよう、になった。自分がなりえたかもしれないこと、作り出せれたかもしれないもの、そういうの一切合切諦めて捨てよう。
無理なのである。所詮自分はこの現実にある程度なのである。
だから差し当たり、スタンドに置いてあったシンセサイザーを(まあ半分物置になっていたのだが)、スタンドからおろして壁に立てかけて、スタンドも片付けた。
これでいい。
]]>少し前のこと。
眠れない夜が続いたことがあった。なんだろうと思った。何かに似ていると思った。
ああ、思い出した。大学生の頃、布団で横になっても全然眠れない時期がずっと続いていて、当然朝は起きれないので、授業はつらいし、散々だったことがあった。どうして眠れなかったのかは分からない。何かずっと、考え事をしていたような気がする。何を考えていたのかすら、今となっては思い出せないが、きっと青臭いことだったのだろう。新兵がかかる病気みたいなものだ。きっと。
それと似ている感覚だったのだ。
そして恐ろしくなった。
まさか、あそこからやり直すのか?色々悩んだりあがいたり苦しんだりもがいたりしてようやく落ち着いたおっさんになったかと思ったのに、またあそこからやり直さないといけないのか?
などと書いてみたが、実はそんな難しい話ではなく、マイスリー飲むのやめて、メラトニンにしてみたら普通に寝れた。ただメラトニンは夢見が悪い。単にマイスリーが体質に合わないのかもしれないが、あんまりどうこうするのもなあ。
そんだけ。
]]>年が明けて一カ月たっておいてなんだけど。
小説書きたい。書けるようになりたい。書くための体力と時間が欲しい。書けるようになるための体力と時間が欲しい。
小説を書きたい。
]]>2018年が終わろうとしている……。まあな。
年末に息子が真珠腫性中耳炎で入院した。その付き添いのために病院に向かうバスの中で、3歳くらいの子供と、その祖父とおぼしき男性の組み合わせを見かけた。おじいさん(と言っても多分50代で見るからに元気だったが)が子供を膝の上に乗せていた。子供はまだたどたどしいながらも景色を見ながら色々と喋っていて、おじいさんは相槌をうったり相手をしていた。
その姿が、自分と、自分の祖父と重なった。
僕は祖父母の家に頻繁に出入りしていて、おじいちゃん子で、日曜日になると祖父に近所のデパートの屋上に連れて行ってもらい、ひとつだけ乗り物に乗せてもらっていたりしていたそうだ。幼稚園に入る前のことなので記憶はないのだが、日曜日の朝は基本的に二階に住んでいる祖父母のところにいって、テレビを見たりお菓子をもらったり朝食を食べたりしていた。
父親になった僕は、子供を見る大人の気持ちが少しは分かる。あの時の祖父も、同じような気持ちで僕のことを見ていたのかもしれない。
どうしてか親や祖父母に孝行しようと思ったことがない。というか、孝行という概念がいまひとつピンとこない。そんな自分を申し訳ないと思っていた。
だから、せめて楽しく元気に生きていようと思ってきた。僕が楽しく生きていると、ついでに世の中も良くなるような立ち位置にいるのが、間接的に孝行になるんじゃないかと思ってきた。それは両親祖父母だけでなく、僕を育ててくれたすべての人への恩返しだ。そして結構うまくいっていた。
だが、なんか違うなと思うようになった。楽しくないな、と。それが続いた。これはおかしいと思った。
だから、立つ場所を少しだけ変えることにした。
色々あったが、今のところ新しい立ち位置の居心地は悪くない。それが2018年の変化だ。
]]>2018年にすでになっているわけですが、今年の抱負なんてものを語れる状態ではなく、しかもそんな感じの状態がこの数年続いており、ただひたすらサバイバルすることのみを考えるわけです。
だけど振り返りくらいはできるだろうと思い、2017の出来事を思い出してみようと想いました。
とはいえ、思い返すと全体的につらい。色々とつらい。大きなところではつらいかというと微妙なんだけれど、細かなつらみが積み重なってトータルするとつらい。そんな感じでした。というか現在進行形なんだけど。
息子は元気です。元気過ぎます。元気過ぎて心配して、妻が色々と病院を探してくれて相談に行ったところ、やはりADHDの傾向があると言われて、投薬治療を開始しました。そうしたらだいぶ落ち着いたような気がします。一日、薬の飲み忘れたことがあって、その日はもう全然落ち着かなかったので、やはり薬はちゃんと効いているだろうと想います。保育園でも、落ち着いたと言われたし。そんなわけで、息子はダウン症からダウン症+ADHDにランクアップしました。
彼の言動を見ていると、日に日に賢くなっていることは実感できるのだけれど、発語がなかなか発達しませんな。これは本当に不思議。ものすごく色々なことを理解しているし、色々な方法で意思表明・自己主張をするのだけれど、言葉という形で出てこず、彼が言いたい複雑なことをこちらも完全に理解してあげられないことがあり、それが申し訳ない気持ちになります。
ダウン症の子供は普通の子供の半分のペースで大きくなると言われます。現実的にはその子の個性によってまちまちだし、生きた期間はやっぱりあるので、そんな単純に半分ではないのですが。
それでも、6歳になった今の息子を見ていると、言葉のことはさておくと、3歳の子供と同レベルと言われると納得する部分もあり、いやいやもっとお兄ちゃんだよと思う部分もあり。保育園では3歳児クラスの子のお世話を率先してやっているようですが。
6年かかってここまで来ました。6歳、つまり小学一年生くらいになるとわりと安心して見てられるかなと想像すると、その状態になるまで、あと6年かかります。
まだまだ先は長いです。
息子と言えば、今年は小学生になります。市内にある支援学校へ進学する予定です。そこでの生活や学習がどのようになるか、未知数な部分もありますが、彼にとっても生活が激変するので不安もある一方で、よい方向に進むといいなと思います。
僕はもうちょっとですな。
もうちょっと色々できるようになりたい。今年はようやく本を読めるようになりました。でもやっぱり書きたい。ちゃんと書けるもの、書くべきものを見定めて、腰を据えて小説を書きたいです。じゃあ書けばいいだろという話なのですが、なかなか書けないのですな。なかなかにこれが。
もし僕が年内に何か出せたら、ああ少しは元気になったのだなと思ってください。
]]>カクヨムと小説家になろうで掲載している「勇者彼女がトイレから出てきません。」が、ひとくぎり(といっても、文庫換算で一冊分)つきました。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881787165
https://ncode.syosetu.com/n8381dt/
掘り返してみると、これの第一話を書いたのは実は2014年のことです。第一話と第二話は、それぞれ一週間もかけずにさくさくと書けた記憶があり、この文体は書きやすいなと思いました。
しかしそこからが進まなかったのですな。書けなくなった。書ける精神状態ではなくなった。
だけど、少しずつ時間を見つけて(というか書ける気分になった時に時間を作って)書き足していきました。これは書けるはずの作品だと思ったので。
いや実際、書ける時はそれなりのペースで書けたのです。でもそれが維持できない。以前はコンスタントにペースを維持できていたのに、それができない。
結局3年かかりました。
まあ、この間もSFPWにショートショート寄稿したり、永眠童話書いた時期ともかぶっているので、何も書けないというわけではなかったのですが、書くのが当たり前という状態からは逸脱してしまっていました。
3年かかって、ようやくひとくぎりのところまで書いて、肩の荷がおりました。別に義務でもないし締切もないんだけれど、todoリストの一番上に乗っていたものだったので。
異世界転移ものなのですが、一人称神視点というちょっと変な書きっぷりをしています。
さらりと読める軽い内容なので、よろしかったら読んでみてください。
]]>ブログというか、個人サイト?的な?そんなの?って、最近どうなのよって話です。
昔はつらつらと思うことを書いたりしていたわけですな。
でも最近、そういうのはTwitterに書くよねえ。人によってはFacebookかもしれないけど。
だから、日常のツラツラを、ブログに書かなくなっちゃった。
育児日記書いてる人はいるよね。育児日記はTwitterだと書ききれないし、記録として残しておきたいからね。
でも日々いっぱいいっぱいなので、育児日記っつーのも書いてる余裕ないわけですわ。少し落ち着いたかと思った息子が最近落ち着きがないとか、書いていてもつらい。
ウォッチしているブログも、明かにアフェリエイトなんかのインセンティブが見えないブログは、ことごとく更新が落ちている気がします。特に作家さんのブログは更新が滞りがち。新刊案内とか(最近こちらではめっきり見ませんなあ)は、流れていくものなので、Twitterのほうが適しているのかもしれないしね。
ただ言い換えると、140文字以上のツラツラ思考をしなくなっているのではないのか?という危機感はあるわけです。
昔はもうちょい思索家だった気がするんだけど、俺、みたいな感じ。
同じ流れで、昔はもうちょっとみんな物を考えたり議論してたんじゃないの?どうなの?140文字でいいの?というのが、最近どうなのよって話。
]]>特別支援学校の小学部の体験入学に行ってきました。一年生のクラスに混ざって、朝の会と、二限目の体育をやりました。
一年生四人のクラスに混ざって朝の会をやったのですが、一年生の特性は色々で普通に喋っている子もいれば、おしゃべりは苦手な子もいて、そういう子も、ボタンを押すと声が出る機械を使って挨拶をしていました。息子は名前をよばれて、手を挙げて、名前の書いたふだをホワイトボードにくっつけるのはやっていた。
体育はとにかく走る。音楽を5曲くらいかけて、その間走る。息子は途中でばてていたけれど、それまではずっと走りつづけて、6週くらい校庭を走っていた。自分が小学生の時を思い出すに、一周するだけでも嫌だったので、こいつ元気だなあと思いました。元気だ。
気づいたこと。
・イヤーマフをしている子が結構多かったし、校舎の中に「ご自由にお使いください」みたいな感じでイヤーマフが置いてあった。聴覚過敏の子は多いんでしょうね。
・障碍の程度は様々。だけど、みんなのびのびとしていて楽しそうだったし、いわゆるできる子が、できない子のお世話をしている場面もよく見かけた。みんな、やさしい。
・多分、1限の時間が普通の小学校より短い。この点、普通の小学校の支援学級だと、1限の時間は普通級と同じなので、普通の子と同じリズムで授業を組まないといけないけれど、支援学校だと集中できない子に合わせて短く時間を切ってカリキュラムを組んでいるのではないかと思った。
・あの子供たちの中に混ざっている息子は、本当に普通に見えた。ここなら、のびのびとやっていけるんじゃないかと思った。普通に見えたと書くと、他の子供と比較してどうこうという意図に思われそうなのが心配ではあるが、比較する意図はあまりなく、この中に彼が混ざっていることに、違和感がなかったんですよね。ここなら楽しく学校生活がおくれるんじゃないかなあ。
]]>息子の保育園の運動会でした。最年長クラスなので、みんなに役割があたえられて(プラカードを持ったり)、クラスのみんなは誇らしげに役割とまっとうしていました。
さて息子はといえば、開会式と閉会式の挨拶係でした。喋れないのにどうすんじゃい?と思ったけれど、数人並んで声を合わせて挨拶をする係だったので、喋っている体でそれっぽい動きはしていた。まあこんなものというか、ひとりで何かさせるより集団のなかでやらせたほうが、まわりに合わせるから問題おきないなと思いました。
できたこと。
・リレーでちゃんと2週走れて、バトンも渡せた。
・ラジオ体操をそれっぽくやっていた。
・障害物競走で、縄跳び持って走ったり(飛んでなかったけど)、うんていをしたり(足ついていたけど)、ジャンプをしたり、鉄棒で前まわりをしたり(先生によっこらしょってサポートしてもらっていたけれど)、競技の一通りをこなしていた。
・玉入れをした。一個くらい入ったかも。
・親子ダンスができた。
・風船をおたまに載せる親子競技、まあまあできた。むしろ僕のほうが落としていた。
できなかったこと。
・エイサー踊りという見せ場があったんだけれど、直前にイヤイヤになってぐずってしまい、参加しなかった。ちょっとね、モードがそういうモードに入っちゃったのね。でもその後は気分を切り替えてリレーに参加できたのはよかった。エイサー踊りも練習ではちゃんと振り付け全部覚えていたと先生から聞いているので、気分なんでしょうな。
当日は僕の両親も見にきてくれたり、仲良しのお友達とお揃いのシャツを着たりと、充実した運動会だったのではないかと思います。
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